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警察官としての矜持

 駆け出しの頃、人質籠城事件が発生した。拳銃を所持した男が女性を盾にたてこもったというのが一報だった。捜査本部がある所轄署に行くと、顔みしりの少年係の警察官が防弾チヨッキを着て現場に向かうところだった。日頃、刑事課に出入りしていたので別室の彼のチャラついた態度が少し鼻についていたが、その時は目つきが違った。それはそうだろう。拳銃をもつ犯人の現場に行くのだから。文字通り命がけの仕事だ。語弊を恐れずにいえば、とても凛々しかった。
 暴力団抗争事件、有明炭鉱災害事故、汚職事件など若い頃様々な大きな事件を担当した。炭鉱は事故が起こる前、記者クラブで入鉱したので戦後最後に炭鉱に入った記者になった。この事件では担当の強行犯が連日20人ほど入坑、立件に向けた捜査を続けた。鉱山保安法という法律の壁に阻まれ、不起訴処分となった。数百人亡くなった事故は不起訴処分という責任の所在も問われないまま終息した。強行犯係長はひとこと私に「悔しい」とつぶやいたのが、40年過ぎた今も心から離れない。
 首長の汚職事件では捜査本部が設置され徹底的な箝口令がひかれた。私も若かったが、ガサいれの情報を入手、署長に裏をとりにいったらその夜、捜査一課長が約200人の全捜査員を集め「この中にスパイがいる」といったそうだ。それでも彼は情報を提供してくれた。私も彼の家の前に夜中の12時まで粘り、不審車両で通報されたらシャレにならないと思いいったん帰宅。朝5時に起きて6時に電話したら、もう本部にでていた。大きな事件ではサツカンに昼夜はない。警察の食堂で目くばせ、トイレにはいり立ちションしながら話をきいた。まるでドラマのような話だが、本当のこと。当然携帯などはない時代だ。
 彼らに共通しているのはその正義感。職人気質の捜査員たちは仕事に誇りを持っていた。私も尊敬していた。記者とサツカンは、夜中まで事件で一緒にいるとなにかしらの共有感がでてくるものだ。
 市長逮捕前日も自宅前で泊まったのは捜査車両と私と相棒だけ。近所迷惑になるので真冬だけど、エンジンもかけれない。1月の寒空のなか暖房もない車中で一泊した。たまたま連れションになった。隣の刑事に無言で「お互い大変やな」と目くばせしたものだ。不正摘発がすべてだった。私の気のせいかどうか行き止まりの自宅をチェックしにきた車があった。上司もつけられている気がすると言っていた。独身だった私は刺されれば有名になって本望だぐらいに思っていた。福岡県警の男たちもみんな全てを懸けた誇り高き捜査員たちであった。
 10年ぐらい前だろうか、意図的に遠回りしようとした個人タクシーの運転手を警察官に説諭してもらおうと嫌がる運転手を原宿署につれこんだ。なぜかしら地域課(昔は外勤課)のMという警部補がしゃしゃり出てきて話をした。彼は現場近くの外苑西通り(キラー通り)さえも知らなかった。驚いていたら「赴任して3か月ですから」と言い訳していた。地域課で3か月もしたら3本の道路(明治通り、表参道、外苑西)ぐらいは覚えられるだろう。職務怠慢の極致。彼は職域外で点数を挙げたようだが、こんな警察官が出世したら、税金などは払いたくもない。日本の警察は自治体警察。原宿署は昔から警備的色彩が強いというもののあまりに酷い話だ。
 米国の地域警察はプロパーティタックス(住民税)で運営されている。地域住民を守るのがその仕事。日本の個人タクシーは自営業者で管理できる団体がないことから様々なよくない話を聞いていた。居眠りの隙に遠回りしようとした運転手を放置すれば、また同じことを繰り返すだろう。嫌がる運転手を無理やり連れ込んだのは、警察官が厳重注意すれば、今後同じようなことはしないだろうと考えたからだった。ストーカー犯罪を例にだすまでもなく犯罪抑止も警察官の重要な仕事。どうしようもないたった一人の警察官の話かもしれない。ただ、そのたった一人のために私が知っている命がけで働いていた捜査員たちが同列にみられるのは、彼らの誇りと名誉のためにも許すことができない。

 
(2021-06-18)

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