特集/コラム

【人物登場】2010-01-07

共感呼び3周年で飛躍へ 左京 泰明さん(特定非営利活動法人シブヤ大学学長)

「いつまでたっても卒業しない。それがきっと、シブヤ大学の優等生」「シブヤの街が、丸ごとキャンパス」「“シブヤ”のいいところと“大学”のいいところ、どっちも取り入れる。私たちの名前は、そのまま私たちの理念です」―ユニークなキャッチコピーが次々に飛び出してくる。  シブヤ大学として1996年9月の発足以来、3年有余。昨年10月までで、355講座、受講者は1万3215人に達し、20代が48%、30代が24%を占める。先生は延べ377人。  目立つのは国内外からの視察者の多さ。海外からは20カ 国・21都市、国内からは120件・40市町村を超える。  そして、「他地域へのノウハウ移転」は、2008年9月スタートの京都・カラスマ大学を皮切りに、大ナゴヤ大学など9都市に及ぶ。  

共感呼び3周年で飛躍へ 左京 泰明さん(特定非営利活動法人シブヤ大学学長)

 「やりたいことは多々あったが、何か世の中の役に立てたら」という思いは、学生時代から強かった。NPOを知り、商社マンのかたわら、調べてみると「主に海外で、目覚しい成果をあげている」。日本ではまだ、成功事例が多いとはいえないが、「民間だが公の目的を掲げ、ビジネスの手法を取り入れて成果をあげ、ボランティアもフルタイムの人も」という経営的な成功にも魅かれた。
 2005年11月、最初に飛び込んだ原宿表参道のグリーンバードは、「まだケースが少ない中で、成功事例として注目していた」という。そのコンセプトは「きれいな街は、人の心もきれいにする」。主な活動は「街の掃除」だ。

 ここで長谷部健氏(現渋谷区議)と出会ったことが、後のシブヤ大学へとつながる。長谷部健、通称“ハセケン”が、渋谷区に提案していたシブヤ大学構想は、2004年半ばには区も共感して「やるべし」となったものの、なかなか動きがとれない。「民間主導でやるのがよいか、誰かが中心になってやらねば」の声に押されて、「成功の可能性はある。自分の仕事として、やってみよう」と、腹が固まったのは、2005年の秋も深まった頃。
 有志によるシブヤ大学設立プロジェクトは2005年11月にスタートした。翌年8月に東京都から特定非営利活動法人設立の認証を得て、2006年9月、明治神宮会館でシブヤ大学は開講式を迎えた。
 事業内容は、固く言えば、1に社会教育の推進を図る活動、2に子供の健全育成を図る活動――である。

 「ちょっとだけ、胸を張れる特別講師陣」もウリのひとつだが、「社員」と呼ぶ構成メンバーも、なかなかの顔ぶれ。雑誌編集長、大手広告企業のディレクター、企画会社クリエイティブディレクター、学者、興業会社広報センター長、ファッションアート研究所代表、会計士事務所代表・・・・。「学長というのは、一種のシャレ」であって、学校法人なら運営を仕切る理事長に当たる。
 発足3年の総括は、「期待以上に反響が大きく、共感してくれる参加者が今も増え続けている」。そして、「表参道、恵比寿と、より地域に特化したバーチャルのキャンパスができた」こと。逆に、「企業の協賛金には限界があり、苦労は経済的なこと」。2008年度の収入内訳をみても、寄付・協賛・会費の類は23%ほどで、大半は助成金や渋谷区サービス公社はじめ受託収入その他に依存せざるを得ない。
 
 3周年を機に始めたのは、若い母親の参加増に伴って、「授業中は子供を預かる」こと、「外国人対象に、通訳を付けて、国際色をさらに強める」こと。
いま、参加者は20代、30代中心だが、「高校生や大学生、60代以上にも」と「授業内容のバリエーション拡充」に力を入れている。
さらには、「生涯学習もひっくるめて、丸ごと引き受けるとか、全国のよき前例になれたら」。
この2月には、町づくり会社のお声がかりで、北海道に札幌オオドオリ大学が発足の予定。西では大阪ハンシンカン大学も準備中、都内でも東京ニシガワ大学などいくつか、地域の若い人たちを中心に、発足への動きが活発化している。
 
 1979年福岡県北九州市生まれ。今でこそ身長183センチ、ガッチリ体型の偉丈夫だが、幼少期は小児喘息に悩む。その克服のため、親に進められて小学5年から始めた少年ラグビーは、「文武両道」の東筑高から名門ワセダの主将まで続いた。早大第2文学部民俗学専修卒。「本当にやりたいこと」を模索し、“就職浪人”1年で入った住友商事は、NPOに着目して3年弱で退社。グリーンバードを経て、シブヤ大学の設立に参加して専任の初代学長に。モットーは「感謝と謙虚」。
 左京の"左"の字は、実は「戸籍上は、"左"の異体字」。「京都には古い地名とかに出てくるが、ワープロでもパソコンでも出てこない」という九州男児だ。

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