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【エリア特集】2013-11-17

暗闇のエンターテインメント ダイアログ・イン・ザ・ダーク

■ビジネス界からも注目される暗闇研修、その秘密は…

暗闇のエンターテインメント ダイアログ・イン・ザ・ダーク

照度0の世界−−。どれほど目を慣らしても、絶対に何も見えるようにならない完全な暗闇。自分が目を閉じているのか開いているのかすら判然としない「純度100%の暗闇」を体験したことがある人はどのくらいいるだろうか。

銀座線・外苑前駅からほど近いビルの地下に設けられたソーシャルエンターテインメント施設「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(以下DID)では、そんな真っ暗闇の中で、視覚以外の感覚をフル稼働するまったく新しい体験ができる。
DIDは1988年にドイツ人哲学者のアンドレアス・ハイネッケ氏によって考案され、これまで30カ国でおよそ700万人が体験してきた。

今月6日、筆者はDIDが企業研修向けに用意しているビジネスワークショップ(デモ版)に参加した。この日集まったのは20代から40代と思しきスーツ姿の男女17人。銀行、外資メーカー、保険、海運業など、参加者の業種は多岐に渡り、ほとんどが初対面どうしだ。参加者は5、6人ずつ3つのグループに分けられ、各チームには一人ずつ「アテンド」と呼ばれる視覚障がい者の係員がつく。普段から視覚を使わずに生活している彼らは、いわば暗闇のエキスパートだ。まず白杖(はくじょう)が配られ、使い方の簡単なレクチャーを受け、参加者どうし簡単な自己紹介を済ませる。その後アテンドに先導され、扉の向こうに広がる完全な暗闇の中に入っていく。

本当になに一つ見えない。参加者が立てる物音や「わ、こんな所に橋らしきモノが!」などの声、白杖から伝わってくる足元のごくわずかな段差や固い柔らかいなどの感触、うっかりぶつかってしまった誰かの背中のぬくもりや息づかい。そうしたわずかな手がかりを頼りに、こわごわと闇の中を進んでいく。この部屋はいったいどれくらいの広さなのか、天井はどのくらい高いのか、いったい何が置いてあるのか。それは実際に壁や障害物などに触れるまで一切分からない。そんな完全な闇の中で、ろくにお互いの顔と名前も一致しないうちから次々と課題が与えられ、参加者はチーム一丸となってこれに挑戦する。

筆者が最も難しいと感じたのは積み木を使った課題だった。この課題ではまず、「積み木でこういう形を作りますよ」という完成形を記した「計画書」が全員に配られる。プラスチックらしき薄い板にレリーフのような凹凸が彫ってあり、参加者は指先で凹凸を読み取り完成形をイメージする。次に、全員に1つか2つずつ積み木が配られる。積み木の形は全員バラバラだ。「誰が持っている積み木をどの順番で組み立てれば計画書通りの形ができるか」をみんなで議論する。そのためには、誰がどんな形の積み木を持っているか情報共有しなくてはならない。「私のは台形っぽい形」「僕のは丸い穴があいた立方体」という具合だ。ここまではいい。ネックになったのは、大きさの情報の共有だ。たとえば、「手の平にちょうど乗るくらいの大きさ」と言っても、手の大きさは人によりけりで明確な規準にはならない。ちなみに、他の人が持っている積み木に手を触れるのはルール違反だ。どのグループも知恵を絞って、大きさの情報を共有する方法をひねりだしていた。

こんな具合に暗闇の中で次々と課題に挑戦していくうちに、リーダー格の人、リーダーを補佐する人、フォロワー、というゆるやかな役割分担が自然にできあがる。参加者どうしの絆もいやがうえにも強まる。姿が見えず、年齢や階級などの「先入観」や「しがらみ」から解放されるためか、非常にフラットな関係が出来上がる。初対面の、それも明らかに自分より目上の参加者に向かっても平気でタメ口で話しかけてしまう、そんな信頼関係がたった2時間程度で構築されてしまうというのは、他では得難い体験だろう。トヨタ自動車、武田薬品工業、日本GEなど、数多くの有名企業で研修として導入された実績があるのもうなずける。

暗闇体験後に設けられた振り返りの時間には、参加者から「頭を柔らかくして新しい視点から物事を見られそう」「会社内での立場やしがらみをリセットしてフラットな状態で考えられそう」などの感想が多くきかれた。

DIDジャパンの代表、金井真介さんは言う。
「暗闇では視覚障がい者が優位で、普段視覚に頼って生活している人たちが弱者の立場になる。明るい部屋に出てくると、今度は参加者がアテンドを椅子まで案内する側になる。立場の強弱が一瞬で逆転する。このような体験は、ダイバーシティーが求められている今日のビジネス環境でも、立場の異なる人たちの置かれた状況を理解したり、これまで誰も注目してこなかった潜在的なニーズを掘り起こしたりするのに役立っているのでは」

■深まる秋を五感で楽しむ 一般コースも

DIDでは、一般向けのコースも用意されている。ビジネス版よりも香りや手触りなど五感により強く訴える内容で、暗闇探検をリラックスして楽しめる。施設内のあちこちに配された草木の香りを思う存分堪能したり、鍋の底にこわごわと手を伸ばしたら思わぬ食材に手を触れたり。驚きや笑いが一杯の充実の90分だ。大人達は最後まで慎重に歩を進めていたが、小学生のグループは大歓声を上げ、こけつまろびつしながら縦横無尽に動き回っていた。

ビジネス・一般両コースを通じて最も印象的だったのは、アテンドの女性のコメントだった。「この先はどうなっているか分からないから行くのをやめよう、という選択肢は私たち視覚障がい者にはないんです。段差や車の音など、リスクにしか思えないようなものもすべて、自分が行きたいところへ行くための目印として活かす。私たちはそういう風にすべてをプラスに捉えて生きています」。

混沌として一寸先がどうなっているか分からない。その意味では、現代社会は暗闇とよく似ている。DIDではもしかしたら、そんな暗闇の中でも凛と頭を上げて、未来に希望を見つけるためのヒントがつかめるかもしれない。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは、完全事前予約制。一般向けコースは12月6日から25日までクリスマスバージョンが予定されている。
(写真は一般コース終了後の参加者の様子)
(根津)

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