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【人物登場】2010-10-11

こどもの城25周年で、”家族の城”求めて 小山 敬次郎さん(財団法人児童育成協会理事長)

 表参道から青山通りを渋谷方向に歩くと、国連大学と並んで、ひときわ目立つ。岡本太郎作のモニュメント「こどもの樹」が前庭で異彩を放つ。その「こどもの城」が、今秋11月1日で開館25周年を迎え、利用者は11月初旬に、累計で2500万人を超える見通しだ。

こどもの城25周年で、”家族の城”求めて 小山 敬次郎さん(財団法人児童育成協会理事長)

 レッキとした財団法人の理事長が、非常勤とは珍しい。と思いきや、昨今はどうやら珍しくもなさそうだ。 かっては、所轄官庁からというのが、いわば通例のようだったが、”天下り”批判と事業“仕分け”のあおりで、民間から迎えるケースが増えている。
 “こどもの城”に代表される財団法人児童育成協会の場合も、経団連元専務理事の小山敬次郎理事長が非常勤、トヨタ自動車出身の藤田興彦常務理事が常勤という体制。その藤田常務理事にしても、一方で理事長を務める、こども未来財団の方は非常勤だが。
 こどもの城は、1979年(昭和54年)の「国際児童年」を記念して、当時の厚生省が計画・建設し、児童の健全育成のための総合児童センターとして1985年11月1日に開館した。館内にはプレイホール、造形スタジオ、音楽ロビー、ビデオライブラリー、パソコンルーム、体育室、プールなどがあり、まさに“総合児童センター”。 さらに、劇場、ホテルなども備えて、他に例のない”総合機能”を持つ。
 もうひとつは、全国の児童館の“センター的役割”も果たす。全国に約4700ある“児童館”に出向いて「動くこどもの城」を行い、健全育成のノウハウを公開、普及に当たっている。

 「この25年間で、人材育成もノウハウ蓄積も、すごく進んできた」という。それらを基盤に「もう一段上に、どう引き上げるか」が、新理事長の仕事。
 そこで、「専門家は、唯我独尊的になりがち」と戒めつつ、松下電器(現パナソニック)の経営改革の例を引いて、「プロダクトアウトから、マーケットインへの転換」を挙げる。「利用者や関係方面の意見をよく聞いて、求められるモノ、コトを実行」というわけだ。
「センター的機能とマーケットインを組み合わせていけば、26年目からの展望は切り開ける」。
 そのためには、まず「スクラップ&ビルド、創意工夫」をあげる。老舗の海苔店の家憲「伝統とは、革新の連続なり」に学んで、「日々新たなり」の精神で。
 そして、「せっかく民間の理事長、常務理事がきたのだから、民間の哲学、人脈を生かして」。
 さらに、こどもの城は「親のやすらぎも含めて、“家族の城”が理想的」とみる。

 こやま・けいじろう 1933年(昭和8年)11月山梨県生まれ。慶応大学大学院修士課程終了後、1958年日本経済団体連合会(経団連、現日本経団連)に入って37年間勤務。1995年に専務理事で退職。参議院議員に立候補の経験も持つ。
 目白大学では教授で5年、客員教授で3年。「半ばボランティア」という千葉商大の理事および嘉悦大の産業文化観光総合研究所所長は、今も続けている。
 「こどもの城」をはじめ「青山劇場」なども含む財団法人児童育成協会の理事長は、今年4月から。「1週間に1日でいいから、と言われたが、ついつい3、4日」になっており、「大学に叱られても、子供を大事にするのは天命。“揺り籠から墓場まで”というが、これも社会貢献」と、けっこう楽しんでいる。
 「楽しく笑って、ストレスを持たない」を人生訓に、「健康診断は受けないし、病院にもいかない」。そして、「ポックリ寺を探している」と笑う。
 趣味は「カッコよく言えば、読書とゴルフ」。雑誌に月1回、コラムを連載していて、いま154回。「コラムのヒントを求めて乱読」というのが背景で、「目標は200回」だ。

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