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【人物登場】2010-09-13

谷岡ヤスジに魅かれ、新ジャンル切り開く 小町 渉さん(現代アーティスト)

 谷岡ヤスジ(1942〜1999)といえば、「アサ―ッ!」「鼻血ブ―」といった独特の言語感覚にあふれたセリフで大ブレイクし、20世紀を代表するとまでいわれたギャク漫画家。その谷岡ヤスジが生み出したキャラクターを用いて、自らの視点を通し、アートとしての解釈で紹介する「小町渉 meets谷岡ヤスジ展〜『アサ―ッ! LET’S DO IT AGAIN』」の公開(9月18日〜10月3日、TOKYO HIPSTERS CLUB)を前に、その準備に余念がない。

谷岡ヤスジに魅かれ、新ジャンル切り開く 小町 渉さん(現代アーティスト)

 谷岡プロや、谷岡作品の版権を持つソニー・デジタル エンタテインメントの協力を得て行う作品展なのだから、“パクリ”ではない。といって、音楽の世界で、しばしばお目にかかる“カバー”とも違う。
 では、アートの世界では、何というのか。その概念は、まだ確立されていないようで、「既存のやり方ではなく、自分の解釈で、小町の色でやれたら」という。
 どうやら音楽の世界でいう“サンプリング”のニュアンスに近いようだ。「引用して、新しい解釈で再構築し、全く新しい見せ方」をするのであって、現代アート、ポップアートに属するという位置付け。
 もともと谷岡作品の大ファン。「白と黒のはっきりしたイメージ」「躍動的で暴力的な線」に魅かれ、「好き放題に引っかき回し、メジャーであって、なおかつあの内容の表現ができる、先生の立ち位置に、興味があった」。いわば「過激な線の絵として、漫画を見るのであって、漫画を読むのではない」とし、「20年ほど前、外人から、谷岡作品はいい、という話が出たとき、それまでは、見てはいけない漫画という意識が、どこかにあったけれど、実はとんでもなく素晴らしいのだと、改めて実感した」という。
 
 その谷岡作品も、「今では20代の若者は、ほとんど知らないし、30代もあやしい」。とすれば、「あの独特の絵と一連のギャグを残せるのは今のうち。そのキッカケになれば」の思いが、新しい作品展へと突き動かす。
 他の漫画とは違い、“ヒトコマ”だけで十分に刺激的な、谷岡ヤスジの“ドローイング”を、自分の視点で、アートとしての解釈で「小町渉による、谷岡ヤスジをフィーチャーした作品」として打ち出す。シルクスクリーンや3旦のキャンバスの一点ものアートも登場、谷岡ヤスジによる原画の複製、ポスター、ゆかりの品々などの展示も行う。
 販売物としては、アート作品のほか、オリジナルTシャツ2型、オートバッグ、バッジなど。
 悪戦苦闘で切り開いた、新たな道だが、「クロスオーバーなスタイルの活動」で知られ、「プロダクト、ファッション、アートの間を大胆に行き来するアーティスト」と評されるに至っている。
 今秋も有力アパレルとのコラボレーションで、自らデザインした新作がいくつも登場する。

 新宿生まれの世田谷育ちだが、「年齢は出さないようにしている」という。「年齢で判断する傾向がイヤ」で、「先入感なく、作品だけを見て欲しい」と願う。古賀政男門下の高名な作曲家の父、ロックミュージシャンの兄といった音楽的環境で育ったが、ほぼ同様の理由で、あまり名前を出したがらない。
 帝京高校に進み、サッカー部に。「とても、ついて行けず、数カ月で人生初の挫折」を味わった。サッカーをやめて、行き場所もなく、「2つ年上の兄がロックでメジャーデビューした」ことにも影響を受け、「30歳前まで、パンクロックのバンドをやっていた」。「エスカレーター式に進学した」帝京大は、そのまま中退。
 「ギターに施していていたコラージュ」が縁で、デニス・ホッパー映画「ラストムービー」のパンフレットにコラージュ作品を提供。同氏のロサンゼルスの自宅兼スタジオで膨大なアートコレクションに刺激され、本格的にアートの世界に身を置く。
 哲学は「直感を裏切らない」。いわば「純粋性」を強調したもので、「ジャッジする自分のレベルを下げてはいけないと、いつも自問自答している」。
 趣味は「20年近くやめていたバンド」を、元プロミュージシャンと一緒に、再び始めた。いまは「下手な野望も持たず、スポーツジムに通っている感覚で、ストレス発散」して、心身のバランスをとっている。

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