特集/コラム

【エリア特集】2006-12-01

「パリ症候群」

木枯らしが吹き、小雨が降って10度を下回るような日に見舞われるようになった。いよいよ冬の到来といった感がある。そんな時グレーの空の下で見ると晴々するのは、クリスマスの飾りつけの始まったパリの夜の街並みだ。

「パリ症候群」

日本の繁華街と違い、ネオンサインのないすっきりした町並みに豆電球できらきら輝く街路樹や、御伽噺のお城のようにイルミネーションで飾られたデパートなど、きれいの一言に尽きる。セーヌ川のほとりにそびえる数々の歴史的な建造物やエッフェル塔も、寒い透き通った空気の中で浮き彫りにされている。

そのきらびやかさの一方で、「パリ症候群」の問題がたびたび紙上に掲載されているのを思い出した。1990年代初期にフランス在住の心療内科の日本人医師が取り上げ、「パリ症候群」と命名されて以来日仏の新聞紙上で何回か問題にされている症状だ。社会変化に伴い患者のバックグラウンドにも変遷があるようだが、ここ数年は留学、転職を志して渡仏した20〜30代の女性が、思い描いていた「パリ」と実際の環境のギャップを自分の中で消化しきれず精神に異常をきたしているケースが多いそうだ。憧れの外国生活と実際の生活の違いにストレスを感じるのは何もパリに限ったことではないと言えばそれまでだが、事情はパリの特殊性も伴い深刻さが多少違うようだ。

数々の女性雑誌では「花のパリ」をうたい文句にパリ特集が組まれ、ありとあらゆるブランドのブティックと粋なパリジェンヌの生活ぶりが紹介されている。雑誌上でのブランド志向も、「超高級」をターゲットに宣伝加熱が感じられ、煽られるだけ煽られた「華やかなパリ生活」のイメージを植えつけている。しかし実際に住んでみると、思い描いていたような生活はおろか、素敵なフランス人を実演している人にはお目にかからず、日本人から見ればとんでもないフランス人の態度や、個人主義に基づいた冷たいと思われる取り扱いに遭遇する。本人のフランス語のコミュニケーション能力不足も相まって心理的にダウン、ひいては鬱病や被害妄想を引き起こすというものだ。それでもあきらめられず居残ろうとするが、重症ケースでは家族や大使館の説得で、しぶしぶ帰国にいたるということである。

確かに素敵な部分も事実ではあるが、モードや雑誌で取り上げられているパリは本当に上層のパリであり、ほとんどのフランス人は、地味な生活を送っている。上記のような女性雑誌を見てパリにやってくる人々もその多くは、おそらく日本でもメトロに乗って通勤する普通の人たちではなかろうか。フランスでも当然同じような生活を送っている人が大半であり、華やかなフランス人女性などほとんど見当たらない。みんな薄暗い色のコートを羽織って、ねずみのようにぞろぞろと地下鉄のホームに立っているのが現実だ。日本では地方都市でも100万円するようなフランスの某ブランドのバッグなど街角のポスターで宣伝しているようだが(実際私の実家の近くでそういったブランドバッグをぶら下げて地方のバスに乗ってくる女性を見て驚いた。)そういう高級品を通常持ち歩いている財力のあるフランス人は、きっと専用のお車か高級車で乗りつけるような方々がほとんどなのであり、私の6年半の生活では、かなり地位のある職業婦人や奥様方を含めてもほんの数人のフランス人しか見かけていない。

フランス人の友人でブルターニュ地方から出てきた30代の女性は、フランス人から見てもパリの人は冷たいし人への思いやりがないと評している。東京砂漠と歌詞にもあるが、大都市特有の索漠とした雰囲気はいなめない。さらにフランス人の個人主義的な思考や付き合いは、集団主義でなんとなく面倒を見てくれるような環境に育った我々には、壁が大きく、幾重ものハンディキャップを負っている。素敵なバラも何本もとげを持っている。メディアのイメージのようなパリだから実現するというような御伽噺のような簡単な公式はなく、自分を見失わず地道に歩むことが必要なようだ。

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