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【エリア特集】2007-04-05

歌舞伎市川一族パリ公演

歌舞伎の公演はパリでも時折行われているようだが、今年は錚々たる市川一族を迎え、3月23日の金曜日を皮切りに30日まで5回公演が行われる。ガルニエのオペラ座で歌舞伎が行われるのは初めてとあって、全ての公演のチケットは天井近い4階席以外は完売だ。初日は雨もチラつき気温も7度前後の寒い晩だったにもかかわらず、多くの観客とマイクを持った数人の報道陣がオペラ座のロビーを埋めた。

初日だったためか多くの日本人の姿が見られた。着物姿のご婦人方もいて、公演前から舞台が始まっているようだった。出し物は「勧進帳」、続いて「口上」、最後に「紅葉狩り」で、19時半に始まって途中20分の休憩が2回入り、3回のカーテンコールが済んでみると時計は23時近くになっていた。

チケットは間際になって買い求めたので当然良い席はなく、チケット売場のお兄さんには「歌舞伎のようなバレエはそんなに遠くで見ても意味がないんじゃないの?」と言われたが、見られるだけでもめっけものと10ユーロ(1500円相当)の4階席を買い求めた。係りの人が歌舞伎をバレエと称したのにはさすがに驚いた。台詞が本来ないのがバレエではあるが、たしかに広辞苑の「音楽伴奏・背景を伴う舞台舞踊」という部分の定義には当てはまる。席は案の定天井のドームまで数メートルという上の方で、下を見るとくらくらする感じは否めなかったが、もともと劇場自体が大きくないので上から見下ろしはするが全体はかえってよく見えた。目の前にはシャガールのデザインしたドーム型の天井と、そこに釣ってある巨大なシャンデリアが見え、反対側のボックス席の風景も見渡すことが出来てたまにはこういった席も悪くないと感じた。ちなみにこのシャンデリアは、ミュージカル「オペラ座の怪人」でも有名になったあのシャンデリアの元祖だ。

最初の出し物である「勧進帳」は、父親の12代目団十郎が弁慶、息子の11代目海老蔵が役人富樫を演じた。1840年にこの芝居が書かれ5代目海老蔵が弁慶を演じて以来代々市川家に伝わる劇だそうで、昨年11月には花形歌舞伎で海老蔵が弁慶を演じていたが、さすが親子、瓜二つの弁慶だった。フランス人は舞台の上方に出る字幕を追いながら頷いたり笑ったりしている。

次の「口上」では、座長を始めひとりひとりがフランス語で挨拶を行った。相当練習したようで、はっきりと解りやすくしかも歌舞伎調のフランス語で、そのユーモラスな抑揚がフランス人に大変受けていた。また途中でせっかく覚えたフランス語の単語を忘れる場面などもあって、観客の笑みを誘った。中でも2代目亀次郎は、ミュージカル「オペラ座の怪人」が大好きなのでここで芝居が出来て光栄だとフランス語で言って観客を笑わせていた。「口上」の最後には市川家に代々伝わる「にらみ」の演技を団十郎がデモンストレーションし、舞台の空気がキリッと引き締まる一幕もあった。

2度目の幕間が終わり緑、黒、橙色の3色の幕が開くと、朱色の紅葉の葉が一面に敷き詰められ中央には堂々とした松の木がそびえたつ舞台が現れ、まるで歌舞伎座にいるようだった。舞台奥と左右には雛壇に座ったお囃子の一団が控えていて、パッと花が咲いたような舞台に観客は思わず「うわぁ」と感嘆の声を上げ、にっこり。「勧進帳」には登場しなかった女形が数名舞台に現れた際にも、また「うわぁ」と喜びの声を上げていた。フランス人の観客はやはり女形の着物姿を期待していたようだ。海老蔵が更科姫と姫が鬼女に変化した役を、団十郎が平これもち維茂、亀次郎が山の神を演じた。海老蔵は昨年花形歌舞伎で見せた男っぽい役者ぶりと打って変わり、姫君は艶かしく、鬼女は奇怪に演じていた。体格が良いせいか、演技が遠目にもダイナミックだ。団十郎と海老蔵が脚光を浴びるのは当然だが、段四郎と親子で出演した亀次郎もそのしなやかで軽やか、且つユーモラスな身のこなしに、カーテンコールで再登場した際多くの拍手を受けていた。これからが期待される。

歌舞伎座のような立派な花道こそなかったが、日本で見る歌舞伎をそっくりそのまま持ってきて演じてもらい、たっぷり3時間以上楽しませてくれた。コンコルド広場を通りシャンゼリゼを抜けて凱旋門へ向かう途中の帰りのタクシーから見る雨上がりの光景は、濡れた街燈と道がきらきらと輝きまるでオペラ座劇場の延長のようで、歌舞伎の余韻をより一層心地よいものにしてくれた。

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