編集長ブログ

【時事】2009-06-23

世界金融危機で 国益を見つめ直す時

「国益」と「規制緩和」。問題は、国益とは何か。誰のための規制緩和であるのか、という点だ。
 米国は、一〇年前の一九九九年、大恐慌の教訓をいかして制定したグラス・スティーガル法(一九三三年、銀行と証券業の兼業禁止)を撤廃、銀行の資金を株(証券)に投資できるよう開放した。当時の財務長官はルービン。ITバブルの絶頂時期でその資金は、IT関連に向かい、株価は暴騰した。だが、〇一年、九・一一世界同時多発テロが勃発。消費は急降下し、経済は萎縮、ITバブルも崩壊した。その後、その資金は大量に住宅ローンに向かった。
 語弊をおそれずに言えば、ITバブルの崩壊はまだよかった。なぜなら、同産業は米国経済のニューカマーではあったが、その中心ではなく、影響は限定的であった。ただ、住宅は、米国経済が消費の中心とする牽引産業。グリーンスパン(当時のFRB議長)は、資金が住宅産業に向かいミニバブルになるのを意図的に放置していた観がある。ITバブルの崩壊の衝撃を緩和させようと狙いがあったようだが、その後、証券・銀行業界の暴走を許した責任は大きい。
 サブ・プライムとはいったい何だったのか。それは、ひとことでいえば米国の住宅が値上がりするのを前提とした金融商品。確かに〇五年ぐらいまではマンハッタンの土地が三倍になったなどはよく聞いたものだ。米国の住宅ローンは日本と違うらしい。買値から値あがった価値については、ホーム・エクイティ(住宅資産)として与信枠を設定、消費にまわす資金を提供するそうだ。いわば、与信が低く、住宅を買えなかった人々が、住む家を持てるとともに、クレジットカードを与えられたようなもの。お金をもっていなかった人たちが何もしないで使えるようになるのだから、まるでアラジンの魔法のランプ。まったく何もないところから、膨大な利益をうむ仕組みを「発明」するところは、さすがウォールストリートの天才たちだ。職人気質の日本人にはこうした欧米の金融は向かないといわれる由縁だ。
 グリーンスパンは市場を甘くみていた。短期金利を引き上げ調整すれば、長期金利に影響、住宅価格の高騰も抑えられると考えていたようだ。ただ、市場にはレパレッジ(梃子)という名のもと実需に必要なお金の十数倍の資金が世界中を飛び回っている。FRBの影響力も限定的となっていた。現実社会をみてもらえばわかるが、実際のお金が毎日動いているわけではない。信用(国家も企業も個人も同じ)という名のもと、ランクづけが行われ、その与信で為替の価値(ドルや円、ユーロ)なども日々変化している。実際、銀行に大量のキャッシュがおいてあるわけではない。預金は望めば、いつでも卸せるという信用のうえに成り立っている。このため、信用不安がおこり銀行で取り付け騒ぎがあれば、中央銀行が実際のキャッシュを供給、支援するしか方法はない。
 〇一年、ブッシュ大統領ととともに、小泉首相(両者とも当時)が日米の関係を強化。構造改革という名のもと規制緩和にとりくんだ。自由貿易、規制緩和という響きは耳障りがいい。ただ、過去そうした名のもと、米の輸入など食糧の自由化にとりくんだが、いま困っているのはまさに日本そのものだ。自給率の低かったドイツ、イギリスなども国を挙げて自給率向上に取り組み、いまや八〇%を超える勢い。先進国で三〇%代は日本だけだ。いったい、だれのための「規制緩和」だったのか。
 もともと双子の赤字などといわれてお金がない米国への資金はどこから流れてきているのか。それは、貿易黒字を溜め込んだ日本、中国、産油国などの資金。そうした資金は政府、証券、機関投資家などを経由、米国国債を買うという形で米国へ流出している。それが、米国の住宅ローンに流れ込むとともに、世界中に還流。日本の株を買い、さらに銀座、表参道の土地を買い漁った。さらにドバイも。資金が引き上げられたいま、結果は、歴然。もともと日本の金だったのならば、我が国の産業の育成のため投資したほうがまだましだったのではなかったのか。冒頭に戻るが、「国益」とはなにか。誰のための「規制緩和」か。
バブル崩壊でへこんだ日本人だったが、考えてもらいたい。バブルという名の金融で大損したが、自動車産業などの実質経済で日本は国際競争力で負けたわけではなかった。これはいまでもそうだ。本来のサービス、技術立国を目指した土俵であれば、日本は世界中でまけやしない。グローバリズム、規制緩和などの欧米流の「仕組み」を直輸入するのはいいが、その背景にある「文化」は輸入できない。歴史的文化は日本が圧倒的に長いのだ。機械と違って人間は魂がないと動かない。日本流のアレンジが必要だ。政治屋の偉いさんたちは、マクドナルドでさえ日本と米国では大きさも値段も違うのは知っているだろうか。

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