編集長ブログ

【時事】2010-01-16

国家を支えるものは何か-先人の志に学ぶ

 

三井財閥を支えた実業家、益田孝。総合商社・三井物産の創設者であるとともに、中外物価新報(現・日本経済新聞社)を発刊した。明治から昭和初期の三井の創生期をつくった人物だ。明治二二年、益田は当時国営だった三池炭鉱の払い下げをうけ「三池炭鉱社」(現・三井鉱山)を設立、マサチューセッツ工科大学でデービーポンプの権威であった団琢磨(のちの三井総統)を呼び寄せ、事務長として現場の指揮にあたらせた。
国から払い下げをうけたものの海底で石炭を掘削する三池炭鉱は、湧き水に悩まされていた。団はこの排水問題を苦心惨憺の末、改善、三池炭鉱を三井の「ドル箱」に育て上げた。益田が物産を設立したのは、国から三池炭鉱の払い下げをうけるためだといわれたほど。堺屋太一が「三井発祥の地は三池」といっていたのはこうした背景を熟知していたからだ。三池炭鉱は、囚人労働、強制連行などの大きな負の遺産があったものの、日本という国の経済発展の礎(いしずえ)をつくってきたのはまぎれもない事実だ。
  「傾斜生産方式」。第二次世界大戦後、焼け野原となった日本の経済復興のため吉田内閣が立案した経済政策。吉田は、全面講和、日米の単独講和の安全保障で揺れるなか、米国との単独講和を選択。日本の経済復興を最優先課題とした。混沌としたなか、敗戦後の限られた資源・資金を石炭・鉄鋼など基幹産業に重点配分し、増産体制を確立した。また、その波及効果で食料、造船、海運、化学産業などを育成、戦後の復興を支えてきた。「鉄は国家なり」といわれた時代。日本はこのあと、朝鮮特需でいわゆる「戦後」を脱却、高度成長への道を歩みはじめた。
 三池(福岡県大牟田市)という街で生まれ育った私は、この街でその浮沈を目のあたりにしてきた。祖父、父親がともに三井の会社で働いていたことから、益田孝、団琢磨という人物も私にとっては、ただの歴史上の人物ではなかった。  
三池炭鉱は、傾斜生産方式の「特需」で盛況を極めこの国を基幹産業として支えてきたが、三池炭塵爆発、労働争議、三井有明鉱災害など血で血を洗うような大事故・争議などのなか、石油などの代替エネルギーにその立場を奪われ斜陽化、社会的役割を終えた。私が三池という土地に「誇り」を持っているのもこうした理由から。名もない労働者たちが文字通り命がけで働いてきた。炭鉱ほど過酷ではないにしろ、戦後は多くの企業戦士たちが世界をまたに戦ってきた。こうした先輩たちの必死の働きがあっていまの日本の繁栄があるのは確かだ。
 正月早々、T垢糧崛箸罵震酖泙寮治家が、予算編成、官僚の天下りなどで責任のなすりあいの討論を展開。みていて情けない光景であった。官僚、政治家とも国家公務員、特別公務員。ともに税金で生活する人々ではないのか。奉仕すべきなのは誰なのか、まったく理解していない。
公僕という言葉を聞かなくなって久しい。その言葉には誇りがあった。それは、国民に奉仕するとともに、ひいては国家の繁栄のために働くという「こころざし」があった。またぞろ、政治家と金の問題が浮上してきているが、本来、政党助成金は小選挙区導入とともにセットで立法化されたものではなかったか。選挙は金がかかるので、献金などは腐敗の温床となる。このため助成金(税金)を政党ごとに支給、政治改革を断行し、政治家と金の問題を一掃しようとしたのが狙いであったはずだ。金丸氏のヤミ献金問題摘発などがその時代の背景にあった。
それから十年。その大義名分はどこにいったのか。またもや政治献金問題が浮上するのは何故なのか。それでは政治改革、小選挙区導入、政党助成金問題とはいったいなんだったのか。個人情報保護法などもいまだによくわからない。立法化された表層上の大義名分の裏にある本音はなんのか。本当に国家、国民のことを考えているのか。
現代史をひも解き、心からこの国の復興・繁栄のために人生をささげた人たちのことを勉強してもらいたい。国民の税金で生活する以上、それは責務だ。

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